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おめだじの知らねごどいっぺ書いである。白熊、ネコ…etcがリトル・ペブルの「ヨゼフパパファンクラブ」やってんだ。全部標準語だ。いがべ!
コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(9)

【 問題行動の数々…(4)】

 いまも残っている、おかしな習性のひとつが「ねこ」だ。こるべまりいはネコだにゃ! べつに自分が本当に「ねこ」だなんて考えているわけではなく、本物の猫が好きなわけでもない。でも、こるべまりいは、4歳(?)くらいのときから、47歳の今にいたるまで、「ねこ」なのにゃ!

 ぼくはほかの男の子たちとはちがって、ひとりで遊ぶのが好きだった。レゴが大好きで、夢中になってひとりで遊んでいた。4歳くらいだったと思うけど、父がおみやげで「ねこ」のキーホルダーをくれた。3センチくらいの小さなものだったけれど、それが異常に気に入って、「ねこちゃんパック」と名づけて、ブロック遊びの主人公にして、いろんな空想物語を「にゃー、にゃー」いいながらつくって遊んでいた。

 小学校にはいっても、「にゃー、にゃー」いいつづけた。クラスメイトから「にゃんごろう」というあだ名をもらった。中学校・高校・大学でも「にゃー、にゃー」いいつづけた。会社にはいっても「にゃー、にゃー」いいつづけた。そして、いまでも「にゃー、にゃー」いいつづけている。

 2年ほど前、まだ聖シャーベル修道会の第3部門修練者だったときだと思うけど、イエズスから「ねこは死刑にしてほしい」と言われて、ど~んと落ち込んでしまった。結婚してお父さん神父になりたいと思ってたから、しょうがないなぁ、と思ってブログに「ねこは死刑宣言」を出したけど、40数年間「にゃー、にゃー」いってたのを急にやめるのは、やっぱしんどくてね。

 すぐにマリアママが、「イエズスが『ねこは死刑』といったけど、あれは冗談ですよ」っていってくれて、ほっとした。逆に、マリアママとジェンマ姉ちゃん(だったと思うけど)が、名古屋で、「猫のぬいぐるみを買ってね」、「名古屋は『哺乳瓶共同体』、秋田は『ねこ共同体』です」って、いわれちゃった!

 こんなに親しみのある御出現は、カトリックでは前代未聞だと思うよ。名古屋で買った猫(虎の子?)のぬいぐるみは、ジャン・マリー神父が「ロビーちゃん」って命名してくれた。コルベ・マリーが、いつも自室にひきこもって、よくねころんでいるから、「寝転び」→「ねころび」→「ねこロビー」になったんだってさ!

 名古屋から秋田への帰路、ロビーちゃんが夜中ずっと、ハンドルにぎって運転していったんだよ。

 ジャン・マリー神父は、「動物は大好きだけど、その中でねこは一番きらい!(笑)」って言ってて、でもマリアママから、秋田の共同体が「ねこ共同体」って命名されちゃったから、やっぱり、「コルベ・マリーには、いつも泣かされています、うぅー、うぅー(泣)」って言ってるんだ。あっはっは!

 いや、たしかに、「にゃー、にゃー」っていうのは、逃避行動の一種だし、自分はすごい変人だし、みんなからは「きしょい!」っていわれるけど、神様はこんなぼくを、いつもニコニコしながら見守ってくれているんだ。

 ぼく自身、「ねこ」が何の役に立つのか、さっぱりわからないけど、イエズスもマリアママも、天のみんなは、このままのぼくを愛し、楽しんでくれているんだね。

 ケルビムちゃんたちは、ぼくのいたずら仲間さ! いつもぼくは、「ケルビムちゃん、こんどはどんないたずらしようか?」って言って、ケルビムちゃんたちを困らせているんだよ! ふふっ!


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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(8)

【 問題行動の数々…(3) 】

 さらにさかのぼって、幼少期のころを、できるだけ思い出してみよう。

 ものごころついたとき、一日のすべてが苦痛と不安と緊張でいっぱいだった。顔をあらうこと、服をきがえること、ごはんを食べること、歯をみがくこと。いつもガミガミ言われて、いつも泣いていた。掃除の音は恐怖そのものだ。いつ叱られるか、いつもびくびくしていた。夜8時、ふとんにはいって寝るときが、いちばんしあわせだった。

 おねしょは、小学校3年生までなおらなかった。何歳のころだったか、3歳か4歳くらいじゃなかったろうか、カレンダーに毎日バツ印がつけられていくんだ。「今度やったらゆるさないからね!」と毎日きびしくいわれた。でも、どうしても真夜中、ジョンジョリともらしてしまう。母に見つかるのがこわかったから、いっしょうけんめい寝巻きと布団をパタパタやって、かわかそうとする。そのうち母が見つけて、ガミガミはじまる。泣きべそかいて、とほうにくれて、嵐がすぎさるのを、ひたすら待った。

 よく思い出してみると、ものごころついたとき、すでにオナニー(自慰行為)をしていた。夜8時、ふとんにはいると、うつぶせになって、おちんちんをふとんにこすりけていた。そうすると、気持ちよくて、ほっとできた。幼児だから、エロいことは考えないし、射精もしないけど、行為はオナニーと同じなんだね。

 あと、ふとんのかどっこ(?)で手のひらをこちょこちょいじるくせがある。たぶん、赤ちゃんがお母さんの乳首で遊んでいることの名残じゃないかと思う。そして、頭からふとんをかぶって、雪国の雪ん子みたいなかっこうをしないと眠れない。寝相は悪く、一晩で5~6回転くらいはする。今でもこのくせはつづいている。

 寝つきはすごく悪い。なぜって、一日のうちいちばんしあわせな時間で、子猫かヒヨコになって、おかあさんの羽の下で、ぬくぬくとしあわせに眠る、っていうような、しあわせな空想にひたることができるからだ。

 なぜか、ぼくはものごころついたときから人見知りがはげしかった。大人であれ、子供であれ、知らない人々がくると、父と母のうしろにかくれた。両親が言うには、色白でとても「かわいい子」といわれ、お菓子とかいっぱいもらったらしいが、ぼくは人に会うのはいやだった。「絶対にいや!」だった。みんなに気に入られる「よい子」を演じなければならなかったから。

 父と母には、いつも「だっこ」「おんぶ」をせがんだ。されているあいだはいいけど、おろされると、ず~っと「だっこ」「おんぶ」をせがみつづけた。満足することを知らなかった。そして要求がみたされないと、泣いたり、すねたり、怒ったりを、ず~っとしていた。

 水を異常によく飲んだ。今でも毎日5~6リットルは軽く飲んでいる。水がないと、食事がのどを通らない。

 よその家や、外出先では、まったく飲食ができなくなった。トイレもひたすら我慢した。「おしっこしたい」「うんこしたい」が言えなかった。なぜかはわからない、どうしてもグッっとつまって、言えなくなってしまうんだ。毎年、夏休みのあいだ、約一ヶ月、新潟のおじいちゃん、おばあちゃんのところへ、母と弟と行くんだけど、その間、まったく食べれなくなって、いつもげっそりやせて帰ってきた。

 もうひとつ、かわったところは、ものごころついたときすでに、神様が大好きで、「のんのさま」「のんのさま」といっていたらしい。家はクリスチャンでも何でもなかったから、どんな神様なのかは、さっぱりわからなかったけれど、神様のことを思いめぐらすのは、ぼくのしあわせだった。

 名前のない神様。でも神ちゃまは、こんな小さいときから、ぼくとおはなししてくれて、やさしくみまもってくれていたんだね。マリアママの母性的なやさしい愛も感じていたよ。「マリアママ」って名前は知らなかったけれど、神ちゃまのようにやさしいお母さん、って感じだったね。だから、よけい、ふとんにはいって寝るときが、いちばんしあわせなときだったよ。


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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(7)

【 問題行動の数々…(2)】

 さきの「秋田の聖母」のエピソードのまえに、ぼくは10年近く「ひきこもり」の生活をしていた。「ひきこもり」って言葉が、まだなかったころのことだ。

 20歳のとき、名古屋で一人暮らしをはじめて、すぐ、いまで言う「ひきこもり」になった。1982年ころだと思う。当初は、大学の教養課程の単位をとるために、かろうじて出席日数が足りる程度は、学校行ってたけど、4年生で研究室に入ってから、お休みががぜんふえたと思う。

 修士課程、博士課程後期は、ゼミの日以外は、夕方ごろ出てきて、喫茶店で「ゼビウス」やりまくって、閉店後、研究室のPC-9801 でゲームやりまくって、ちょっと実験して、明け方、学生マンションに帰って寝た。先生とか研究室の仲間とは、ほとんど顔をあわせない。当然、学校と家から電話がガンガン鳴るわけだけど、電話線ひっこぬいたり、お金あるけど電話代はらわないで、通話できなくしたりした。

 そうだ、思い出したけど、お金あるのに家賃滞納して、督促されたことがしょっちゅうだった。何もする気力がなかったんだ。

 当時、家庭用ビデオとパソコンが普及しはじめたころで、部屋ではオナニー三昧、ゲーム三昧、マンガ三昧だった。部屋の中には、生ごみ袋が十数個、トイレ行くのがおっくうだったから、ペットボトルに小便をしていた。風呂は3日から一週間に一回。髪はボウボウ、ひげもボウボウ、乞食みたいなかっこうしていた。

 こんなんだから、恥ずかしくって、外へは出れない。前にも言ったように、生まれつきの対人恐怖症だから、なおさら出れない。でも、3日くらい篭城すると、食料がつきてくる。お腹がすいてどうしようもなくなる。

 飢餓状態で起きだして、シャワーを浴びるんだけど、自分が生きてるんだか死んでるんだか、わからない。しばらくぼうぜんとしている。自律神経がおかしくなっているから、暑いんだか寒いんだかもわからない。

 死にそうにしんどいんだけど、必死に気力をふりしぼって、人通りがなくなる午前2時か3時ころ、両隣に気づかれないようにそっと部屋を出て、コンビニへ向かう。歩きだから、せいぜい三日分くらいしか持てないんだけど、パン・カップラーメン・冷凍食品・ジュース・酒を両手いっぱいにかかえて、できるだけ急いで部屋にもどる。

 ず~っと、ふとんにもぐって寝ていたから、体力はガタ落ちでしんどかった。でも、いちばんしんどいのは精神のほうだった。苦しくって苦しくって、毎日、ビールを1リットル以上飲まないと寝れなかった。寝るというよりも、酔っ払って3時間くらい意識を失っていたというのが本当のとこだろう。その後、うとうとしながら見る夢は、核戦争、大地震、何か恐ろしいものに追っかけられ続ける……。あせり、怒り、不安……

 リトル・ペブルさんに与えられたマリアママのメッセージに出会ったのは、こんなひどい「ひきこもり生活」が絶頂期にたっした1987年ころだったと思う。

「神様はもっとも罪深い人を、もっとも愛する」 マリアママは、こんなひどい罪人のぼくを、そのまま愛してくれているんだ。

 ぼくが、どれほどひどい状態だったか、そして、いまもその後遺症をひきずっているか、その根底にあるのは「傲慢(ごうまん)」という深刻な罪であるということを、おいおい書いていくよ。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(6)

【 問題行動の数々…(1)】

 約20年前、愛知県で会社勤めをしていたんだけど、会社の夏休みのとき、「秋田の聖母」のご出現地へ行こうと思ったんだ。車でね、「秋田の湯沢」へね。はじめての車での長距離旅行だ。

 ぼくは、ものごころついたときから、すでに対人恐怖症なんだ。だから、人との接触は絶対避けようとするんだね。名古屋から秋田へは、たしか長野・新潟ルートを使ったから片道約900キロ。

 人と接触したくないから、妙高高原で初めての車中泊。坂道で、からだがななめになって、一番は、山の中だから、こわくて、ほとんど寝れなかった。夜明けとともに、早々に出発。完全に寝不足だ。

 人と接触したくないから、ガソリンは、ガス欠寸前になってから、しぶしぶスタンドで給油。店員さんが「いらっしゃいませ~!」なんて、でっかい声でよってくるから、内心、大パニック状態さ! ほんと、できることなら、アクセル全開で緊急脱出したいんだけど、おろおろしながら、店員さんの誘導にしたがう。

 「おーっらい、おーっらい!」「いらっしゃいませっ! □□へようこそっ!」 うっ、うぁ~! たのむから、あっちいってくれ!

 「れ、れ、れ、レギュラーまんたん、っげっ、げんきんで……(大汗)」って、やっとこさ言うと、「まどガラスはどうしますかっ?」 「あっ、あぅう~、おっ、おねがいします」って、ほんとはいやなんだけど……。なんでいやかって、目のまえでガラスふかれると、視線をどこへやっていいもんやら、死にそうに緊張するんだ。

 ずっとがまんしてるから、トイレに行きたいんだけど、かたまっちまって、いけない(泣)。あぁっ、はやくおわってくれ~。もう、お金用意して、必死に我慢する。

 やっと、給油終わって、あと少しで解放されると思ってたら、「お客さん、タンクの水抜きの時期がきてるんですけどっ(営業スマイル!)」 うっ、うるせぇっ! このやろう! って思いながらも、「あっ、いいですぅ~」と、ひきつった笑顔でかろうじて答える。

 やっと給油が終わって、おつりもらって、脱出の瞬間がまたいやなんだ。はやく脱出したいんだけど、おつりを財布に入れるのにまごまごする。その間、店員さんは営業スマイルで、気をつけして、こっち見て立っている。大パニック状態の頂点だ。さっさと、店へ引っ込んでくれ!って思うけど、実際そうされると、見放されたみたいでみじめだし……、とにかくしょうがないから、助手席におつり放り出して、ひきつった笑顔で店員さんにあいさつして、ガソリンスタンドを一秒でもはやく後にしようとする。

 はやく脱出しようとして、なんど他の車にぶつかりそうになったり、あさっての方向に出て行ったりしたことか……。バックミラーにうつる、店員さんの唖然とした顔。ガソリンスタンドが見えなくなってから、路肩に車を止めて、助手席に散乱したおつりを財布にいれる。

 そして今度は、ひたすら立ちションできる、山の中の茂みをさがす。山の中はしっているときはいいんだけど、町の中はひたすら我慢だね。今どきは「道の駅」って便利なものがあるけど、昔はドライブイン、おみやげ屋さんしかないから、人の目が気になって、どうしても入れない。

 難行苦行のあげく、ぼくは二日目の午後3時ごろ、秋田県湯沢市についた。秋田市湯沢台ではない。秋田県湯沢市だ。「秋田の聖母」をさがして、いったりきたりした。

 それらしきものはない。ここは、秋田美人で有名なところだ。みんな、女のひとは美人で、男のひとはハンサムだ。ぼくは、生まれついての対人恐怖症だ。真っ赤になって、よけいたずねることなんかできない。

 いま住んでいる秋田県湯沢市の、古い酒蔵の建物は、いまでもよく覚えているよ。3回くらいその近辺をさまよった。やっぱり、「秋田の聖母」はにゃい!

 夕暮れの雄物川の川岸で、とほうにくれた。たぶん、うろおぼえだけど、山形県新庄市と秋田県横手市のあいだを、「秋田の聖母」をさがして、3往復くらいした。

 人と接触したくないから、旅館に泊まろうなんて考えはうかばない。たぶん、夜11時ころ、湯沢市の三関のあたりの、雄物川の西側の田んぼのわきに車をとめて、仮眠することにした。でも2時間もしないうちに、こころぼそくなって、涙目になって(うるうる)、秋田市の方へむかった。深夜の秋田市を通りすぎて、「おれはいったい何やってんだろう」って思いながら、Uターンした。

 どの道を通ったか、もう覚えていないけど、三日目の昼ごろに新潟市に到達した。もう3日間ほとんど寝てないから、どっかの住宅街の道端に車をとめて、ちょっとだけ仮眠。またひたすら走りつづける。そして、四日目の早朝、愛知県東海市の会社の寮にたどりついて、夏休みの残り3日間(くらい?)、ひたすら寝ていた。

 結局ぼくは、いまにいたるまで、秋田市湯沢台には行ったことがない。あっはっはっ(笑)

 でも、いま住んでいる、秋田県湯沢市の「寺沢」が本命になったから、まあいいか。っていうか、これって、神ちゃまのユーモアだよね。ぼくが決めたんじゃありません。

 ぼくって、すごく変なやつでしょ? でも、神ちゃまは、こんなぼくでも、神ちゃまのお仕事に使ってくれるんだ。神ちゃまは、ほんとうにやさしいんだね。

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コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(5)

【 イスカリオテのユダ (2)】

 さっき「フー・イズ・ボス・イシュー(だれがボスなのか?)」というテーマをあげたけど、ルシフェルも、イスカリオテのユダも、「自分自身だけがボス」なんだね。ぼくも同様だ。遺伝的な気質で、「人間に対する絶対的な不信感」という深い「情緒の傷」を負っていて、自分以外の誰も「目上」「長上」、つまり「ボス」としては認めない。絶対に認めない。自分が「王様」になってしまうんだね。

 地獄の住人は、みんな「自分自身だけがボス」なんだ。ただ力関係があるから、強いものに強制されて、しぶしぶ従っている。でも他の誰も愛してなんかいない。だから地獄には、他のすべてに対する憎しみ、怒り、ねたみしか存在していない。お互いを傷つけあい、想像を絶する拷問が、いっときの休みもなく、永遠に続く。

 この正反対が、愛そのものである神様、天国・煉獄・古聖所(リンボウ)の住人たちなんだ。天国ではかぎりなく、永遠に、「神と隣人を愛する」。神様の愛は無限だから、お互いを愛しあう「愛」は、無限に増大していく。天国は、想像を絶するしあわせなところなんだ。

 イエズスは、「天の国でいちばんえらいものになりたければ、しもべのしもべになりなさい」と教えているんだ。つまり、「フー・イズ・ボス(だれがボスなのか?)」という問いかけに対して、「自分自身がボス」なんてことはありえないんだね。

 「殺人」「強姦」「盗み」は、だれの目にもはっきりとわかる「悪」だよね。目に見えて、隣人を不幸におとしいれるから。でも、これらの諸悪の根源は、「傲慢(ごうまん)」なんだ。「傲慢」は隠すことができる。内的なものだから、「礼儀作法」「美しい服」「地位」「名誉」で表面をかざり、「善い人」を演じきることができる。

 最悪のケースは、「従順」「清貧」「貞潔」の誓願を守り、自他ともにみとめる、「清く、正しく、美しい」、「聖人のような人」を演じきってしまう場合だ。これが、ぼくの本当の姿なんだ(同宿だから誓願はたててないし、聖人には見えないけどね)。善意にみちてはいるけど、「自分が悪い」なんて、これっぽっちも思ってないから、他人と神様からの忠告・助言なんて、まったく耳にはいらない。

 「自分が善人だ」と信じきっている人間ほど、隣人にとってはた迷惑な存在はないだろう。ジャン・マリー神父と共同生活をはじめて約12年、ジャン・マリーは、「コルベ・マリーには、いつも泣かされています、うぅー、うぅー(泣)」って言いつづけてるんだけど、ぼくは、つい最近まで、「冗談だろ!(笑)」って、本当に笑って聞き流していたんだ。(T_T)/~~~

 みんなもいっているように、リトル・ペブル同宿会は「こんなぼくたち」のために、マリアママがプレゼントしてくれた「ぼくたちの居場所」だ。でも、創立後の約2年間、ぼくは人ごとのように思ってた。マリアママから告白録を書くようにリクエストされていて、ブログとか用意したけど、どうしても書けなかった。書くと、無意識のうちに他人を非難し、相対的に自分をもちあげてしまい、「何かへんだ……」と、筆がすすまなかった。

 そりゃそうだね。ぼくは、だれよりも「傲慢(ごうまん)」だから、ほんとうに「自分が悪い」なんて、これっぽっちも思ってないんだから、書けるわけないよ。

 罪のなかで、最悪の効果をもたらすのが「傲慢」なんだ。善悪を正しく認識するための「霊魂の目」がゆがんでしまって、「自分こそ神様に選ばれたもの」「私は、あれこれの掟を守っているから、清く正しく美しい」「私こそ天国にはいるにふさわしい」と信じきって、他のすべての人々を無意識のうちに軽蔑のまなざしでみてしまう。

 善行をいっぱいして、まわりの人々から「すごいわねぇ」「えらいわねぇ」ともちあげられて、内心「鼻たっかだか(はぁと)!」なんだけど、そこに本当の愛はいつのまにか消滅してしまっている。

 これが、ぼくの本当の姿なんだ。ぼくは、リトル・ペブル同宿会の同宿の中で、いちばんたちの悪い性質をもった、「傲慢(ごうまん)」のチャンピオンだよ。でもね、イエズスがいちばんイスカリオテのユダを愛し、お世話したように、マリアママは、ぼくにリトル・ペブル同宿会をプレゼントしてくれたんだよ。


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こるべまりい
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男性
職業:
リトル・ペブルの「ヨゼフパパファンクラブ」
自己紹介:
リトル・ペブルの「ヨゼフパパファンクラブ」でござる。マリア様の愛と、リトル・ペブルさんのことをみんなに伝えるために、土日休み(?)で日夜奮闘していま~す!
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